銭湯の思いで、裸の付き合いっていいもんですね

初めて銭湯に行ったのは子供の頃、保育園に入る前の事。

当時、炭鉱で栄えた小さな集落に住んでいました。

炭鉱で働く人用に社宅やアパートがたくさん建てられ、病院、学校もありました。

銭湯は二件ありました。

家にお風呂があるなんて珍しい時代、みんな銭湯のお世話になりました。

近所のおばちゃん達がみんな裸で堂々と歩いている。

母親に体をゴシゴシ洗われ、湯に入りな?と言われたが熱くて無理。

チョロチョロしていると近所のおばちゃんに捕まりあまり熱くない湯に入れられた。

銭湯は小さな頃しか入ってません。

炭鉱が閉山して一斉に人が引っ越し、学校も病院も銭湯もなくなりました。

その後、銭湯のお世話になったのが東日本大震災の時です。

ライフラインが止まり、もちろんお風呂も入れません。

ですが、銭湯は営業してくれました。

残り少ないガソリンでしたが、銭湯に行ってみると行列になっていました。

それでもなんとか順番が来て入れた時はみんな嬉しそう。

大変な時でしたがサッパリできました。

銭湯で牛乳飲みたい。

友人がそう言ったので一緒に銭湯に入り、ビンの牛乳を飲みました。

やっぱり手は腰に当てて飲むのがベスト。

ビンの牛乳だと尚更美味しく感じます。

小さな頃の憧れはフルーツ牛乳。

飲んでみてこんな味なんだなぁ?と感激しました。

銭湯の壁に描かれた富士山もいいね?

だから温泉も入りに行きます。

テルマエロマエのロケに使われた銭湯や、温泉に行ってみたい。

密かな夢です。

裸の付き合いはいいよ?いろんな年代の人が引っ越しいて、仲良くなれます。https://www.fndg.co/aiful/aiful-hensai.html

令和になってずっと感じ続けているある違和感

5月1日より新元号の「令和」となった。新しい天皇も誕生し日本がハッピーなムードになる中、残念ながら少々違和感を覚えてしまうことがある。それは「令和の時代は、○○したいと思います!」などどラジオのパーソナリティーやTVのアナウンサーが新「元号」の抱負を述べていることだ。これに関して非常に違和感を感じている。なぜなら、新元号になったからといってわざわざ新しい目標など立てる必要は無いと思うからだ。これには2つの理由がある。まず、元号が変わろうが常に何かしらの目標を持っていれば新しい目標など作る必要は無いはずだということだ。つまり、ここで新たな目標を公然と言い放ってしまった方には失礼かもしれないが、彼らは常に意識すべき目標がないことを露呈してしまったということが可能かもしれない。2つ目は受動的であることだ。目標は自発的、つまり自らの意思で作るほうが良い。従って、新元号だろうが新年度だろうが受動的に作った目標にはあまり意味はない。現に、どれほどの人が新年度の目標を覚え、常にそれを意識して生活できているだろうか。https://www.poieodesign.co/